初瀬明生『卒業文集』

 僕の夢は建築士になることです。将来は地図に残るような仕事がしてみたいです。

 

 

 そんなことを卒業文集に書いたのは、果たしてどんな理由だっただろうか。小学校の時は地図が好きだったから、何の考えもなしにそう書いたのかもしれない。

 俺の今の仕事は駅員だ。地図に残るものを作るなんて仕事とはかけ離れているが、まあ気長にやっている。給与も人間関係も特に不満はないから文句はない。
 ただ、不満というか嫌なことというのがある。東京の駅に勤めているため、都会特有の現象が発生するのだ。地図というよりは、自分の頭に一生残るようなものも度々見かけるのである。

 ある日のことだ。その日も電車が通勤時間中に運行を一時停止するような状態が起こった。やれやれまたかと同僚と話し、しばらくして電車は運行を再開する。片付けはすぐに終わり、俺は現場に残された自殺者の遺留品を預かり、待合室で整理する作業に入った。

 桐原透きりはらとおる。それが、今回自殺した人の名前である。今日も通勤でこの駅を利用したが、そのいつも利用する電車に飛び込んで自殺した。

 バッグには、財布、通帳、ペンやノートなど無難なものが入っていたが、その中に厚くでかい本を見つけた。よく見るとそれは、卒業文集だった。


 なぜ卒業文集? と思っていると、同僚がやってくる。彼はどうやら会社の人に話を聞いたらしい。

 

「なあ、荷物に卒業文集が入っていたんだけど」

「ああ、それね」

 

 同僚はすぐにわかったらしく、それを聞かせてもらった。何でも会社が終わった後に合コンがあって、そこで使う予定だったらしい。卒業アルバムを武器に使う合コンなんて聞いたこともないが、それはともかく、合コンという楽しい事があるにもかかわらず、なぜ彼は自殺したのだろうか。

 ……そういえば前に、あの記事で見たな。

 自殺する気のない人間でも、ひとたび電車が通過する駅に立つと、ふと思い立つことがあるのだそうだ。

 

 そうだ。ここに飛び込めばもう苦しまずに済む、と。

 

 あるネットの記事を見てそれを知った。ゾッとして、今まで自殺した人でも、いきなりその思考に陥った人がいるのだろうかと考えるとやるせなくなる。

 さて、作業は終わったが……彼には悪いが、何気なく卒業文集を手に取る。○○小学校平成15年度卒業生。俺と同い年じゃないか。

 ぱらぱらとページをめくると、桐原透のページが目に入る。そこにはこんなことが書かれていた。

 

「僕の夢はサッカー選手です。強敵にも飛び込むように挑む、人々の記憶に残るような人間になりたいです」

 

 その文章は間違いなくキラキラしていた。まさか十数年後には自殺するとは、当時の彼は思うまい。

 願いは全く違うベクトルで叶ったようだが、世知辛い世の中である。