米田淳一「ある愚か者の顛末」

 私は愚かだった。

 私は一人だった。

 私には何もなかった。

 私は幼い頃から認識の視野が狭かった、 

 私はそして空虚に裂けた小さな樹だった。

 

 ともだちははいた。

 彼らと仲良く楽しく出来た。.

 本を読みたいと思った。

 本を読んだ。

 好きな本を読んだ。

 ほんとうに心酔した。

 私という樹は、そこで一旦ズタズタになった。

 それでも、あきらめは悪かった、

 好きな本を書きたいと思った。

 頑張って書いた。

 嬉しくなった。

 作家になりたいと思った。

 奇跡が起きた。

 作家になった。

 人を好きになりたいと思った。

 好きな人ができた。

 その人と結婚したいと思った。

 結婚した。

 とても幸せだった。

 

 そのすべてが、全くの間違いだった。

 作家業はあっさり食い詰めた。

 結婚生活も、それによって、あっけなく破綻した。

 破綻に抵抗しようと勤めの仕事を始めた。

 その給料は安すぎて、なんの足しにもならなかった。

 当然、元嫁は逃げていった。

 私はそれをとめる力もなかった。

 その破綻に気づくまで、何年もかかった。

 文章を書いてお金を貰う才能は、元々なかった。

 そのくせ嫉妬だけは一人前だった、

 その嫉妬を堪えて、仲間を作った。

 でも結局堪えきれず、結果、その仲間もすべて失った。

 残った仲間たちもあきれて、私と距離を置いた。

 それは当然のことだった。

 彼らを責める余地は少しもなかった。

 自分でも私と距離を置きたいほど、私は醜悪だった。

 

 私は、私が常に、とても嫌いだった。

 そして、私が私には、とても気持ち悪く、いつも許せなかった。

 だから、私は私を痛めつけた。

 それでも私は、醜悪にも立ち直った。

 

 元嫁に可哀想なことをした。

 ずっとあとで、彼女の苦しみがよく分かった。

 その元嫁を、私は無自覚にキズつけていたのだった。

 その罪は重かった。

 

 私はそんなことも理解できない、愚鈍だった。

 それで小説や物語で成功するなんて、無理なのは当然だった。

 そのことにも、気づくまで時間がかかった。

 

 本来タロットの『愚者』のカードは、なんでも受け入れる謙虚だった。

 私には、その謙虚さすらもなかった。;

 聡明だとうぬぼれさえしていた。

 自分で、それに酔いさえしていた。

 

 その当然の結果、私は一人に戻った。

 私には何もなくなった。

 私は胴回りだけは大きくなったけど、やっぱり切り裂かれた樹だった。

 そして今も、これを書いてしまうほど、愚か者だ。