さとりのしょ!!「彼女の治療法」

 彼女はアツミ、アツミは病院のベッドで点滴を受けていた。時折彼氏が見舞いに来るも、持ってきた果実は全部彼氏が食べてしまっていた。
「今日はオレンジなんだ」
「皮を剥く手間が省けるからな」
「ん、いい香り……」
 二人は、こうしているだけで幸せだった。あまり声の出せないアツミにとって、聞こえなかった単語を、嫌がらずに何度でも確かめてくれる彼氏の事が、好きだった。
 入院生活は長かった。退院できないことも知っていた。余命が幾ばくも無いことも知っていた。これからの人生、余命がどうなるのかも、知っていた。しかし、それを受け入れるのがアツミの使命だ。
 ある日、彼氏のいない時間に、アツミが吐血した。いつものことなので、看護師も手慣れたものだった。しかし、手慣れているからと言ってぞんざいに扱われるわけではない。あれやこれやと心配され、問診の回数が多くなっていた。
 もちろん、彼氏もすぐにやってきた。会社を抜け出してやってきたのだ。片手にはリンゴがあった。かご一杯にリンゴがあり、どうやら「今日はずっとここにいるぞ」という意思表示のようだった。
「無理、しなくてもいいのに」
「せめて、今日だけは俺のわがままにつきあってくれ」
「…………うん」
 それから、その日一日の間でたくさんの話をした。アツミの得意料理である、豆腐ハンバーグの作り方、そのハンバーグによく合うソースの作り方。豆腐ハンバーグを食べている間の彼氏の笑顔。彼氏の笑顔を見ている間の、アツミの笑顔。
 色々なことを話した。面会時間が終わっても、話していたかったのだが、そうもいかない。これは、仕方のない事なのだ。
 面会時間を過ぎようという時、時間管理に甘い看護師が気を利かせ、薬を飲ませるよう彼氏に告げた。アツミが、虚ろな瞳で言う。
「世の中にはさ、死ぬために薬を飲む人が……いるんでしょ……」
「………………」
「あたし、もうちょっとだけ……あなたと、話をしていたかったな……この、薬が、あたしの病気を治してくれたら……いいのにな……」
 彼氏は、何も言えなくなってしまい、アツミは黙って薬を飲んだ。
 相当苦いらしく、せき込んでいるのが印象的だった。
 それから、彼氏は毎日のように病院に通った。アツミが、もう長くないことを知っていたのだ。最後になるかもしれない。夜遅く帰るときに食事をするファミレスでの虚しい時間も、これで最後かもしれない、と、そう思ってしまう。
 そうなったら、アツミが彼氏から、彼氏がアツミから解き放たれた時、二人は何を思うだろうか。考えたくはない事だったが、まざまざと脳裏に浮かんでくる。
 これは、避けがたい事実なのだ。
 そうして。アツミは、最後に笑顔で言った。くしゃくしゃの、涙にまみれた笑顔で、彼氏に別れを告げた。
「ありがとう。大好き、だよ」
 彼氏の消息は、分からない。だが、彼氏は生きているに違いない。アツミという思い出、傷跡を世界に遺すために。
 彼らの足跡は、二人三脚のように連なっていた。


(了)