さとりのしょ!!「ドッペルゲンガー」

「ドッペルゲンガー」     タカシはもう一人の自分と戦っている。「彼」もタカシだ。「彼」は言う。生きる理由を問う。だが、タカシに「彼」の問いに対しての答えを持っていなかった。   もう一人のタカシに、生きる理由を問われる場面は、無数にある。仕事をしていて、休憩をしていて、誰かと話していて、一人で過ごしていて。そんな時に、不意にタカシは「タカシ」に声をかけられる。   「生きてて楽しいの?」 『………………』 「なんで生きてるの?」 『………………』   言葉に詰まっていると、出てきたときと同じようにして、「タカシ」はいなくなる。「タカシ」はどうして「生きている理由」を聞いてくるのか、タカシは分からなかった。だが、どうしても、いつの日にか、この問いに答えなければならない、と、そうは思っていた。   生きている理由が明確なら、それを成し遂げたとき、タカシはどうなるだろうか。「タカシ」はどうなるだろうか。全てを、生きる理由をもち、それを失ったとき。タカシや「タカシ」は、どうなるだろう。   考えることを辞め、タカシは眠ってしまった。   「タカシ」は夢の中まで訪れることはなかった。そこまで非情だというわけではないようだった。タカシは、夢の中ではスーパースターだった。何をしても、どんなことを言っても、許された。称賛された。全てを祝福された。   目が覚めれば、タカシはいつものタカシでしかなかった。タカシよりも上の存在ではなかったし、タカシ未満の出来損ないでもない。ただのタカシなのだ。   そして、改めて自分というものを実感した時に、「タカシ」は訪れる。そして、いつもの難題を解決させようとする。自分とは、一体なにゆえに、この世界に生まれてきたのか。   この問答は、タカシが物心を持った時には、既に生まれていた。もしかしたら、物心を持ったためにこのような難題を突き付けられているのかもしれない。   いつまでもモラトリアムのような事を考えている場合ではない。それは分かっている。だが、聞こえてくる声を無視し続けるには、声は大きすぎた。   仕事帰り、上司にうんと怒鳴られた日に、缶ビールを片手に公園で飲んでいた。涙の理由を夕日のせいにして、温くなってしまった缶ビールを飲んでいた。   いつもの声だった。「タカシ」が現れた。タカシは、意識も朦朧にさせたまま、その声を聞いていた。   「生きてる理由って、なんだった?」 「上司に怒られること、それが生きる理由だった?」 「それとも、別の何か?」   「タカシ」が、新鮮な質問をしてきた。踏み込んできたのだ。確かに、タカシは上司に叱責を受けるために生まれてきたわけじゃない。それは、タカシも分かっていた。   だが、その次の答えにたどり着けない。そして、タカシは「タカシ」によって、分岐点にいることを教えられた。   「君が生きている理由、それは缶ビールにあるのかも」 「もうちょっとだけ、考えてみなよ。ばいばい」   タカシは、この公園での一件以来、「タカシ」の声を聞くことはなかった。   そして。月日が流れ。タカシは、ようやく、自分の人生を歩くことができるようになった。タカシは「タカシ」の言いたかったことを、かなり遅くなってから理解することができたのだった。   タカシは、今。自営業を営んでいる。子供のころからやりたかった、書店員のアルバイトをしている。年齢が年齢だったが、不思議な力が働いたのか、人柄を買われて雇われたのだ。   タカシは、「タカシ」のために生きることを、決めた。強く決心することができたのだった。     (了)