焦田 丸『石』

 そうだ、わたしたちはバーベキューに来ていたのだった。この川の風景は、そうに違いない。だが、こんなにどんよりと黒い雲が立ち込めていただろうか。空の色のせいか、こころもち、水も濁っているように見えて、わたしの気を滅入らせる。

 気を滅入らせる理由などないではないか。わたしたちは楽しく肉を焼いたり、嫌いな野菜を押し付けあったりしながら、二人の関係をゆっくり築こうとしていたのだった。

 そう、きみはバーベキューが好きだと、夏になると必ずこの川に家族で来ていたのだと、人づてに聞いたのだった。でもいろいろな理由で家族はバラバラになってしまい、きみはもう何年もこの場所に来ていないのだと。

 わたしは躊躇したのだ。きみが悲しい過去を思い出してしまうのではないかと。でも、きみはこの上もなく明るい笑顔で僕に応えてくれた。

 一緒に行きたい、と。

 わたしは今まで一緒にいたきみの顔をどうしても思い出せずに、河原の石を手に取った。ずしりと重く、滑らかな表面が冷たく心地好い。きみの姿を探そうという気は、どうしてか起こらなかった。一緒に来ているはずなのに。

 と、わたしの脇を、三つ四つの石を抱えた男が足早に通り過ぎていった。わたしの顔をちらりと見て、彼は蔑むような表情を浮 かべた。いや、思い過ごしだろう。初対面の──対面すらしていない──、人間を蔑む理由など誰にもないはずだ。男は、河原に積まれた石の山をよじ登り、抱 えた石をそっと置いた。置かれた三つの石が転がり、置いた以上の石が山から転がり落ちた。

 男は悲壮な声を上げ、縋るような目つきで天を見つめた。

 わたしは、その時思い出した。

 わたしは、死んでいたのだ。

 わたしは十年前にきみと結婚し、貧しいながらも幸せな時を過ごしたのだった。あの頃のわたしは、思いを遂げたのだ。だが時 は残酷だった。きみは若い男と恋に落ち、貧しいわたしを置いて出て行こうとした。わたしはきみに、仕方がないんだよと言って笑顔で過ごした。そしてあの暑 い日、一つだけ想い出を作りたいと言ってきみをこの河原へ連れ出した。ここで、無理心中を図ったのだ。

 わたしはきみを溺れさせた。嫌がるきみを無理やり川に引き入れ、楽しく遊ぼうとビーチボールを投げた。ボールを追う不機嫌 な横顔を、わたしは瞬時に水中に押し込んだ。体の小さいきみは、わずかの時間しか抵抗を示さなかった。もしかしたら、わたしに命を奪われることを覚悟して いたのかもしれない。

 きみは悪くないんだよと言い続けたわたしがどれほど惨めで寂しかったのか、きみは十二分に理解していたのだから。

 死に切れなかったわたしは、この場所に来るまでにさらに十年の時間を無駄に過ごしてしまった。だがそれが、きみへの贖罪だったと考えることはしない。

 賽の河原で、わたしは今日も石を積む。周りの男たちに蔑みの視線を投げ、投げられながら、永遠に続く営みを続けるためにだけ、今日も滑らかな石を拾い、積み続けるのだ。

〈了〉