淡波亮作『宇宙生命体ハビタ』

 形も色も、大きさもない。目に見えぬ存在である宇宙生命体の家族五人が、ここ、アンドロメダ星雲の中ほどを漂っていた。長男のハビタが、通りかかった宇宙船をぐるりと包み、形のない首の先を艦首につんと突っ込んだ。

「父さん、これ、面白そう。入ってみていいかな?」

「ああ……、いいとも。でも、気を付けるんだよ」

「うん」

 形のある存在は自分たちを決して傷つけることができないと知っているから、ハビタは生返事でその宇宙船に入り込んだ。心なしか、父の言葉には影が差しているようにも感じられたが、好奇心が先に立った。

 ハビタはするりと半身を宇宙船に入り込ませた。目に入る──眼はないが、見ることはできるのだ──ものの全てが目新しかった。ハビタは全身に好奇心をみなぎらせ、あちらこちらを見て回った。

 やがて、閉ざされた暗い空間から妙な音が漏れてきた。そこではちょうど、緑色の生命体が三体、愛の営みに勤しんでいるところだったのだ。

「うわあ、すげえ!」

 思春期のハビタはつい、声に出す。もちろん、同族以外に聞き取れる声ではない。緑色の生命体が不思議そうな表情で顔を上げるが、ハビタの存在をつかむことは決してできない。ハビタは生まれて初めて眼にする生々しい光景に夢中になり、体全体を宇宙船の中に潜り込ませた。もちろん、大きさのないハビタの体はどんな空間にもフィット可能だが、これほど小さな空間に自分の全存在を押し込めたのは初めての経験であった。その狭さが、無限空間に慣れたハビタにはむしろ心地の良いものであった。

 営みを終えた緑色の生命体三体は、その体の周囲に光沢のある物質を巻き付け、それぞれ別の方向へと歩き出した。それが衣服というものであることは、ハビタには知りようがないことであったが。

 最も体格の立派な生命体の後ろを、ハビタは付いて行った。生命体が椅子に座り──もちろんハビタは椅子が何なのか分からないのだが──、顔を上げた。見慣れた宇宙空間が、四角い枠の中に見えていた。それは光学ディスプレイであったが、ハビタには本物の宇宙との違いは分からなかった。枠の周囲に並ぶ機械を眺めていると、枠内の宇宙空間が紫色に歪み、やがて振動と共に空間自体が消えた。緑色の生命体も顔を歪め、曖昧な姿を見せている。

 ──ワープである。

 居心地の悪さを感じ、ハビタは家族の元へ戻ろうと体を宇宙船の外に出そうとするが、不可思議な圧力がそれを阻んだ。懸命に身体を押し出そうとしていると、ふいに衝撃が襲い、宇宙船が遥か背後に遠ざかっていた。ワープを抜けたのだ。

 ハビタは父を呼んだ。返事はない。ちょっと遠くへ離れ過ぎてしまった時のように、ハビタは身体を思い切り膨らませた。周囲の星を二つ、三つ飲みこんで、体が巨大化する。でも、父母の痕跡はおろか、妹たちの存在すらどこにも感じ取れなかった。ハビタは焦って拡大を続け小さな銀河を飲みこんだが、家族の痕跡はどこにもなかった。

 もう、帰れない。

「ねえ、あなた誰?」

 その時、艶のある女性の声が、ハビタの耳をくすぐった。ハビタは感じた。そして、理解した。

 そう、これでハビタはとうとう親元を離れ、成人の儀式を終えたのだ。

〈了〉