倉下忠憲「黒い箱」

家に帰ると、見覚えのない小さな黒い箱が置いてあった。時限式の爆弾だった。 「あと17分43秒後に爆発します。チクタク」 箱はリミットタイムを教えてくれた。なかなか親切な爆弾だ。僕の存在を感知したなら、すぐに爆発すればいいのに。 僕は、第四深層まで深呼吸をして、脳に酸素を行き渡らせた。 「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな」 「可能な範囲で、お答えします」 刑の執行日が決まった死刑囚の元を訪れた牧師のようにその箱は言った。 「まずはっきりさせておきたいのは、誰がこの箱をここに置いたのかってこと。誰だって気になるよね」 「それをお答えする権限を私は持ちません。ただし、ヒントは言えます。その存在は、あなたに悪意を持ち、救いを与えるために私をここに置きました」 「その存在は、あっさりこの家に入ってこれたわけだ」 「できたての豆腐に包丁を入れるみたいにあっさりとです」 「でも、それだけじゃ絞りきれないな。やろうと思えばFBIだって簡単に侵入できちゃうだろうし」 「FBIは主に米国の国内問題を扱う組織であり、何の特徴もない日本人の家に侵入したあげく、時限式の爆弾を置いて帰ったりはしません。CIAが何かしらの事件性を演出するためにそれをやる可能性なら──────0.00056235%はありそうですが」 わざわざ計算してくれたらしい。僕は、どうもありがとうと箱に告げる。 「どういたしまして。あと14分21秒後に爆発します。チクタク」 「さてさて、困ったね。もちろん解除する方法も禁則事項なわけだ」 「いえ、解除方法の伝達は可能です」 「なんだ。それを早く言ってよ」 「特に尋ねられませんでしたので」 「ダメだよ。そういう官僚的主義的なやり方は。そういうのが旧ソ連を崩壊に導いたんじゃないか。そのことを我々人類はもっと強く学ぶべきじゃないかな」 「私は人類ではありません」 箱はあくま箱らしく、自分の箱性を主張した。 「そりゃそうだ。そいつは失敬。でも、僕は思うんだ。こうしてコミュニケーションが取れている時点で、もう人類って言っちゃっていいんじゃなかなって」 「何度も言わせないでください。私は人類ではありません。箱です。勝手に人類に分類されるのは不愉快です。それ以上主張されるなら、箱がそれぞれ固有に持つ箱権の侵害に当たります──────あと5分12秒後に爆発します。チクタク」 「悪かった。だから、怒らないでくれよ。悪気はなかったんだ。それに、なんだか時間が早まってる気がするよ」 「私は常時衛星とリンクして、これ以上ないくらいにカウントダウンは正確に刻んでいます。誤差はありえますが、無視してもまったく問題ない程度です。あなたの勘違いでしょう」 「うん、そうだ。そうに違いない。だからさっそく教えてくれないかい。その解除方法ってやつを」 僕が丁寧に問いかけると、箱は答えてくれた。 「私には感情的アルゴリズムが組み込まれていて、あなたに対する好感度が1から100まで設定されています。その数値を100にすれば、タイマーのカウントダウンは停止します──────あと3分39秒後に爆発します。チクタク」 「ちなみに、今の好感度っていくつかな?」 「スタート時は45でしたが、さきほど2になりました──────あと3分05秒後に爆発します。チクタク」 やれやれ。 チクタク。