さとりのしょ!!「隕石とコーヒー」

 現代、便利になったものである。インスタントコーヒーの粉を入れ、スイッチを入れるだけで手軽に「それらしい」コーヒーを飲むことができるようになった。科学の進歩だ、これには感謝しなければならない。

 科学の進歩と言えば、隕石が観測されたらしい。詳しいことはニュースをよく聞いていないのでどうでもいい。だが、かなり巨大なものが一週間後に落ちてくるらしいとのことを聞いた。

 しかし、何年も人間として生きていればそういうこともある。人間は無力でどうしようもない生き物だ、運命に逆らうことはできない。そういうふうにできているのだ。

 隕石が落ちてくるらしい、とのことで、家の外では犯罪が多発しているらしい。同時多発テロや生き残りたいお金持ちが宇宙船なんかを買い求めているらしい。いつまで生きていられるかも分からない上に、成功するかもわからない藁にすがる。これもまた人間としての生きる力であり抵抗力なのだろう。

 しかし、それもどうでもいい。先ほどコーヒーを飲むためにスイッチを入れたバリスタがきちんと動いてくれたら、あとはもうどうだっていい。美味いコーヒーを飲み、そうして死ぬ。

 生まれたからには美味しいものを食べ、美しいものを見て、素晴らしい作品に触れる。そうして、全てを清算してこの世を去る。そういうことが、この世に生まれたことによって生まれる責任なのではないだろうか。

 バリスタが起動した。内部ではどうなっているのだろうか、これはどのような仕組みで動いているのか。知る由もない。

 知る由もない事、と言えば大きな謎がある。何故、このタイミングで隕石が落ちてくるのか、ということだ。隕石さえ落ちてこなければ不幸な犯罪に巻き込まれ、不幸な目に遭わずにすんだ人間が幾数千万人もいることだろう。もっといるかもしれない。   だが、なぜ隕石が落ちてくるのか、ということについて考えだしたらきりがない。だから、考えるのをやめた方が気楽に生きられる。

 気晴らしに流しているテレビ番組では、人間への制裁だとか、よく分からない理論を延々と流し続けている。たわごとだ。ざれごとだ。そんな御託はいいから、心が乱れているような人間は、どこのメーカーのものでもいいからバリスタを買えばいい。

 深呼吸しながらでもコーヒーを飲めばいいのだ。心を如何に落ち着かせるか。それが、一番の安楽死ではないだろうか。

 外から物音が聞こえる。誰かが襲われたようだ。女の悲鳴、途切れ途切れの吐息が聞こえる。男の発情した声が聞こえる。途切れ途切れの吐息が聞こえる。この家の周辺でもそういう犯罪が増えたようだ。

 隕石さえ落ちてこなければ、こんな不幸な目に遭わずに済んだかもしれないのに。コーヒーを飲んで心を落ち着かせることができれば、強姦などという下らないことが行われずにすんだであろうに。今、男が果てたようだ。女がむせび泣いている。

 他人がどうなろうと、どうだっていい。どういう理由であれ隕石は落ちてくる。逆らえない運命に対してどうこうしようなど、愚かの極みだ。 バリスタが止まった。コーヒーが出来上がったようだ。しかし、どうも色が付いただけのお湯にしか見えない。インスタントコーヒーが切れているのだろう。

 決めた。ころす。誰もかれもころす。男は目玉や腸を引きずり出して、女は犯しに犯す。コーヒーが飲めないなんて、運命によってコーヒーが奪われるなんて、そんな馬鹿げたことがあってたまるか。ばかやろう。手あたり次第不幸な目に合わせて美味いコーヒーを飲んでやる。

 男は包丁を持って家から飛び出した。運命に逆らうために。

(了)